大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和39年(行ウ)35号 判決 1966年4月23日

原告 西尾弘

被告 名古屋国税局長 外一名

訴訟代理人 水野祐一 外四名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告名古屋国税局長が原告に対し昭和三九年七月三〇日付でなした昭和三七年度分所得税更正処分に対する審査請求を棄却した裁決は、これを取消す。被告名古屋中税務署長が昭和三九年三月三日付でなした原告の昭和三七年度分所得税の課税総所得金額を金三六一万五、九〇〇円と更正した処分並にこれにともなう過少申告加算税及び重加算税賦課処分はこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は肩書地で手芸材料商を営む者で、昭和三一年頃青色申告書提出承認をうけたものであるが、昭和三八年三月被告名古屋中税務署長(以下単に被告署長と称す。)に対し昭和三七年度分所得税の確定申告として青色申告書により課税総所得金額を金一二一万三、五〇〇円と申告したところ、被告署長は昭和三九年三月三日付で原告の昭和三六年度分以降の青色申告の承認を取消した上、同日付で右金額を金三六一方五、九〇〇円に更正するとともに過少申告加算税金三万二、一〇〇円、重加算税金六万八、四〇〇円を賦課する旨の処分を行い、その頃右各通知書を同時に原告に送付した。

二、そこで、原告は昭和三九年三月三一日右更正処分に対し異議の申立をしたが、同年四月一五日に被告署長はこれを棄却したので、更に同年五月四日に被告名古屋国税局長(以下単に被告局長と称す。)に審査請求したが、被告局長は同年七月三〇日付でこれを棄却し、その頃その旨原告に通知した。

三、しかしながら、被告局長のなした右裁決は次の理由によつて違法である。

(1)  被告局長が原告に弁明書を送付することなく、裁決をなしたことは、行政不服審査法第二二条第三項に違反するものである。

(2)  本件裁決にあたり、原告代理人大熊将夫、同入口茂幸は昭和四〇年五月一〇日頃名古屋国税局の協議団の担当者某に対し口頭で意見を述べたい旨の申立をしたにもかかわらず、これに対し何らの措置を採ることなく裁決をしたことは、行政不服審査法第二五条第一項に違反するものである。

(3)  行政不服審査法第四一条第一項によると、裁決には理由を附さなければならないことになつている。しかるに本件裁決には、その理由として「雑損控除否認について審理すると、当該損失は所得税法第一一条の四に規定する雑損失に該当せず、また同法第一〇条に規定する営業収入に対する必要経費とも認められないので、これを否認した原処分に誤りはない。重加算税及び過少申告加算税の賦課処分について請求人の記帳には仕入過大及び売上をもらして架空借入金の計上があるなど仮装いんぺいの事実が認められるので原処分に誤りはない。」と附記されているのみであり、この程度の記載では具体性を欠きなんら理由を附記したことにならない。

四、また被告署長のなした右更正処分は次の理由によつて違法である。

(1)  青色申告書を提出した事業年度分について更正処分がなされたときは、通知の書面にその理由を附記しなければならないことになつているのにもかかわらず、被告署長のなした本件更正処分には更正の理由の附記がないから、所得税法第四五条第二項に違反するものである。

なお、本件では青色申告承認取消通知書と所得税更正通知書とが同時に送達されているが、この場合でも更正処分は青色申告に対してなされたものと解すべきであり、同時送達のゆえに更正の理由を附記する必要がなくなるわけのものではない。

(2)  原告は昭和三七年訴外株式会社鈴丹洋装店から名古屋市中村区広小路西通二丁目一六番宅地七五坪八合及び同地上の店舗を買受ける契約をし、右訴外会社に手附金二〇〇万円を交付したところ、原告において約定の期日までに残代金の支払ができなかつたため右手附金を違約損害金として右訴外会社に没収された。そこで原告は昭和三七年度分所得税の確定申告において右手附金のうち金一六八万三、二六一円を所得税法第一一条の四に規定する雑損として事業所得金額から控除し申告したところ、被告署長は右金額は同条の雑損にあたらないとしてこれを否認し、本件更正処分を行つた。

(イ)  しかしながら、前記売買契約は原告の事業拡張のためになされたものであり、従つて右売買契約によつて蒙つた手附金の損失は事業経営のための支出というべきであつて所得税法第一〇条第二項の必要経費に該当する。

(ロ)  仮りに必要経費にあたらないとすれば、右手附金の損失は所得税法第一一条の四の雑損に該当するものというべきであつて、衡平の原則の上からも原告が現実に蒙つた損害を所得から控除して課税すべきである。

(ハ)  仮りに手附金の損失が必要経費にも雑損にも該当しないとすれば、原告は現実に損害を蒙つたのにもかかわらず、その損害額についても課税され、他方右手附金を収受した前記訴外会社はこれを所得として課税されることとなり、国は同一の金額に対して二重に課税するという不合理かつ没義道な結果を生ずる。さらにまた法人の場合と対比してみると、法人税法上手附金の損失は損金に算入されること明かであるから、同じ支出に対して法人の場合は損金として課税せず、個人の場合には必要経費にも雑損にもあたらないとして課税することは憲法第一四条に規定する法の下の平等に違反するものである。

(3)  仮りに右主張がいずれも認められないとしても、原告は昭和三七年度分所得税の確定申告にあたり、名古屋中税務署員某に対し手附金の損失の処理につき指導を請うたところ、同署員は雑損として申告するよう指導したので、原告はこれに従つたのである。然るに被告署長が右申告後一年余を経過して突如この雑損控除を否認し、本件更正処分をなしたことは信義誠実の原則に違反するものである。

五、よつて原告は本件裁決並に本件更正処分及び過少申告加算税、重加算税賦課処分の取消を求める。

と述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実中被告局長が原告に弁明書を送付しなかつたこと、本件裁決に附記されている理由が原告主張のとおりであつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同第四項の事実中本件更正処分の通知にさいし、被告署長が更正の理由を附記しなかつたこと、原告が昭和三七年訴外株式会社鈴丹洋装店との間でその主張のような売買契約を締結し、手附金二〇〇万円を右訴外会社に交付したところ、原告において残代金の支払ができなかつたため、右手附金を右訴外会社に没収されたこと、そこで原告が昭和三七年度分所得税の確定申告において右手附金のうち金一六八万三、二六一円を雑損として事業所得額から控除し申告したところ、被告署長が右金額を雑損にあたらないとして否認し、本件更正処分をなしたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件裁決が適法であることについて、

(1)  被告局長が弁明書を原告に送付しなかつたのは、本件裁決手続において被告局長は被告署長に対し弁明書の提出を求めていなかつたからである。

(2)  本件裁決に附記された理由は、原処分を正当として維持した判断の根拠を原告に理解できる程度に具体的に記載されており、原告の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明かにしているというべきである。

三、本件更正処分が適法であることについて、

(1)  青色申告承認取消通知書と所得税更正通知書とが同時に送達された場合は、論理上右更正処分は青色申告承認取消処分があつた後になされたものということができるので、更正通知書に更正の理由を附記する必要がないのである。

(2)  事業所得の計算上、総収入金額から控除すべき経費は、その年度中の総収入金額を得るために必要なものに限る。従つて必要経費として控除される範囲は、原則として総収入金額に対応する経費に限定されるものである。原告の蒙つた手附金の損失は昭和三七年度分の総収入金額を得るために何ら寄与しておらないことが明かであるから右金額は必要経費にあたらない。この点、原告は抽象的な将来の事業目的のための支出であれば、当然総収入金額を得るための必要な経費であると誤解しているのである。

(3)  所得税法第一一条の四の雑損とは、その損失を生じた者の意思に基かないところの災害または盗難による損失のみを意味することは規定上明かである。従つて本件の手附金の損失の如く、原告の意思が損失の根源となつている場合は同条の雑損にあたらない。

(4)  原告には手附金として支払つた金二〇〇万円に相当する所得があつたのであるから、これが必要経費或は雑損として控除されない以上、右所得に対し課税するのは当然であり、右手附流れ金を取得した右訴外会社が更にそれを所得として課税されることがあつても、何等違法ではない。

(5)  租税体系上、所得税法上の所得と法人税法上のそれとは概念を異にするものである。すなわち、所得税法上の所得とは、所得源泉説に拠り、費用収益対応の原則に基く当期業積主義に立脚するのに対し、法人税法上の所得は純資産増加説に拠り、一定期間における財産増加総額より財産減少の総額を差引いた金額であるとされる。従つて、この所得概念の相違から手附金の損失の取扱いについて、個人と法人とで差異の生じることは当然であつて、このことあるをもつて直ちに法の下の平等に違反するものとはいえない。

(6)  仮りに名古屋中税務署員が原告に対しその主張のような指導をしたとしても、それは被告署長自らが指導したわけのものではなく、且つ問題は、税法上の解釈問題であることからして、そのことあるをもつて直ちに信義則に違反するものとはいえない。

と述べた。

証拠関係<省略>

理由

一、原告が肩書地で手芸材料商を営む者で、昭和三一年頃青色申告書提出承認をうけたものであること、昭和三八年三月原告が被告署長に対し昭和三七年度分所得税の確定申告として青色申告書により課税総所得金額を金一二一万三、五〇〇円と申告したところ、被告署長が昭和三九年三月三日付で原告の昭和三六年度分以降の青色申告の承認を取消した上、同日付で右金額を金三六一万五、九〇〇円に更正するとともに、過少申告加算税金三万二、一〇〇円、重加算税金六万八、四〇〇円を賦課する旨の処分を行い、その頃右各通知書を同時に原告に送達したこと、そこで原告は昭和三九年三月三一日右更正処分に対し異議の申立をしたところ、同年四月一五日被告署長がこれを棄却したので、更に同年五月四日被告局長に対し審査請求したところ、被告局長が同年七月三〇日付でこれを棄却し、その頃その旨原告に通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず、本件裁決の適否について判断する。

(1)  原告は、被告局長が原告に弁明書を送付することなく裁決をなしたことは違法であると主張するが、被告署長が被告局長に弁明書を提出したことを認めるに足る証拠がない以上、弁明書の送付がなかつたことをもつて本件裁決が違法であるということはできない。

(2)  次に原告は、原告代理人大熊将夫、同入口茂幸が名古屋国税局の協議団の担当者に口頭で意見を述べたい旨申し立てたのに、その機会を与えられなかつたからその点において本件裁決は違法であると主張するが、原告からその主張のような申立がなされたことを認めるに足る証拠はない。

(3)  さらに原告は、本件裁決に附記された理由は具体性を欠き、理由の附記がないのに等しいと主張するが、本件裁決に附記された理由が原告主張のとおりであつたことは当事者間に争いがなく、そしてこの程度の記載があれば、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を具体的に記載したものといい得るから、原告の主張は理由がない。

三、次に本件更正処分の適否について判断する。

(1)  原告は、更正通知書に更正の理由の附記がなかつたから違法であると主張するので案ずるに、更正通知書に更正の理由の附記がなかつたことは当事者間に争いがないけれども、本件における如く、青色申告承認取消通知書と更正通知書が同時に送達された場合には、右取消処分が右更正処分に先行するものと解すべく、そして、被告署長は昭和三六年度分に遡つて原告の青色申告の承認を取消したのであるから、原告の提出した昭和三七年度分の青色申告書は所得税法第二六条の三第一〇項後段の規定により青色申告書以外の申告書とみなされることとなり、従つてこれに対する更正処分には同法第四五条第二項の適用がないことになるから、右更正通知書には理由の附記を要しないものというべきである。

(2)  次に原告は、手附金の損失が所得税法第一〇条第二項の必要経費若しくは同法第一一条の四の雑損にあたるにもかかわらず、被告署長がこれを否認して本件更正処分を行つたことは違法であると主張するので案ずる。

原告が昭和三七年訴外株式会社鈴丹洋装店との間でその主張のような売買契約を締結し、手附金二〇〇万円を右訴外会社に交付したところ、原告において残代金の支払ができなかつたため、右手附金を右訴外会社に没収されたこと、そこで原告が昭和三七年度分所得税の確定申告において右手附金のうち金一六八万三、二六一円を雑損として事業所得金額から控除して申告したところ、被告署長が右金額を雑損にあたらないとして否認し、本件更正処分をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、所得税法第一〇条第二項にいう必要経費とはその年中の総収入金額を得るために必要な経費であつて、総収入金額に対応する支出に限定されるべきことは右所得税法の規定上明かである。従つて、原告の蒙つた手附金の損失が必要経費の範囲に入らないことはいうまでもない。

また所得税法第一一条の四の雑損とは、すべて納税義務者の意思に基かない災害または盗難による損失のみを意味することはその規定上明かである。従つて、手附金流れの如く、原告の意思に基づく損失の場合は雑損にあたらないというべきである。

しかして原告は手附金の損失が必要経費にも雑損にもあたらないとすると、手附金を収受した者も当然所得として課税される関係上、国は同一金額に対して二重に課税することになるから不当であると主張するが、原告には手附金として支出した金二〇〇万円に相当する所得があるのであるから、これが必要経費或は雑損として控除されない以上、右所得に対して課税されるのは当然であり、右手附金を取得した前記訴外会社が更にこれを所得として課税されることがあるとしても現行税法上何等違法ではない。

さらに原告は、法人税法上は手附金の損失が損金に算入されること明かであるから、個人の場合と法人の場合とで同一の支出につき取扱を異にすることは、憲法第一四条の法の下の平等に違反すると主張するが、所得税法上の所得概念が法人税法上のそれと異ることは、右各税法の関係条文を対比して明かであり、その相違は結局、国の租税政策に由来するものと解されるから、個人の場合と法人の場合とで手附金の損失につき取扱を異にするとしても、直ちに法の下の平等の原則に違反するものということはできない。

(3)  名古屋中税務署員が原告に対し手附金の損失の処理につき、雑損として申告するよう指導したことは本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。よつて原告の信義則違反の主張もまた理由がない。

四、以上認定により、原告が本件裁決及び更正処分の違法事由と主張する事項はすべて違法でないことが明らかであり、そして他に右裁決及び更正処分に違法ありと認めるに足る証拠はない。よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 井野三郎 上田誠治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例